自死遺族に対するグリーフケア
名古屋市立大学病院臨床心理科 池田華奈子 伊藤嘉規
はじめに
大切な人を亡くしたとき、深い悲しみや喪失感に襲われることは誰にとっても自然な体験です。この心理的な反応は「グリーフ(悲嘆)」と呼ばれ、感情面だけでなく、身体症状や日常生活の機能低下としても表れることがあります。グリーフは時間の経過とともに変化していくものですが、遺族の個別性は非常に高く、一人ひとりに異なる形で現れることが知られています。1)
自死遺族の悲嘆と心理的ケア
自死によって大切な人を失った「自死遺族」が抱える悲嘆は、一般的な喪失体験に伴う悲しみに加えて、強い自責感や社会的な孤立感などが重なり合い、複雑化することが少なくありません。愛する人が自ら命を絶つという出来事は、残された人に強い衝撃と苦悩をもたらします。
自死遺族が直面する感情にはいくつかの特徴があります。2,3)
① 自分を責める気持ち
自死遺族の多くは、「自分の責任ではないのか,自分には止めることができたのではないか」といった強い自責感を抱きやすいとされます。自死は原因や経過が明確でない場合が多く、「なぜ」という問いに明確な答えが得られにくいという特徴があります。そのため、遺族は故人の行動や自分の対応を繰り返し振り返りながら、過剰に自分を責めてしまうのです。こうした自責の念は、時間の経過とともに弱まるどころか、むしろ「自分が加害者である」という感覚として長く持続し、周囲からの援助を受け取りづらくしたり、悲嘆の過程を複雑化させる一因となります。
② 二次的な傷つき体験と社会的孤立
自死は依然として社会的スティグマ(偏見)の対象になりやすく、レッテルや差別的な言動を恐れて、遺族が沈黙を選ぶケースも少なくありません。周囲からの無理解や心無い言葉によってさらに孤立感が深まり、「悲しみを共有できる相手がいない」という状況に追い込まれることもあります。また、社会的な誤解により「問題のある家庭」などと見なされる不安を抱え、葬儀を控えめにしたり、死因を伏せたりする遺族もいます。このような「公認されない死」の扱いが続くことによって、遺族は自らの悲嘆を語る機会を失い、悲しみを抱えたまま社会から切り離されてしまう危険があります。
③心的外傷体験の影響
さらに、自死の現場に居合わせたり、第一発見者となったりするなど、死の瞬間や直後の状況に直接触れる体験をしている場合には、その光景や感覚が強い心的外傷体験として心に刻まれ、フラッシュバックや回避、身体的緊張などのトラウマ反応が生じることもあります。これらの体験は悲嘆の過程に複雑な影響を及ぼし、遺族が喪失を振り返ること自体が困難になったり、日常生活に支障が生じたりすることも少なくありません。
このような背景から、自死遺族に対する心理的ケアでは、まず遺族が安心して自らの体験や感情を語ることができる「安全な場」を提供することが重要です。支援者は評価や批判を控え、遺族のあり方を尊重する姿勢で、その場の安心感を保つ必要があります。4)
また、自死遺族の抱える「なぜ」といった問いは明確な回答が得られるものではなく、遺族は自分に合った落としどころを見つけていく必要があります。遺族がいろいろな可能性について思案しながら、時間をかけて自分なりの抱え方を見出していく過程をともに歩み、手助けする必要があります。
罪悪感や考え方の偏りが悲嘆の道のりを阻むことも多くあります。「なぜ」といった答えのない問いと生きていてほしかったという思いから罪悪感が不合理なまでに膨れ上がったり、強い衝撃によって故人やそれにまつわるエピソードを断片的にしか思い返せなかったりすることで、取り組むべき悲嘆や回復の過程に向かえなくなってしまうのです。その場合は、遺族の考えと実際の状況を検討したり、遺族がこれまでの故人とのかかわりについて多面的に語ったりすることを通して、徐々に現実に基づくバランスの良い考え方を獲得できるような支援が必要となります。5)
名古屋市立大学病院グリーフケア外来の取り組み
名古屋市立大学病院では、悲嘆に関して苦悩する方が気持ちのつらさに関して相談することのできる場として、2020年11月に「グリーフケア外来」を開設しました。この外来では、公認心理師が遺族の語りを丁寧に聴きながらその人に合わせた心理支援を行っています。死因を問わず利用可能であり、自死遺族の方も受診されることがあります。
グリーフケア外来では、遺族にとって「安全な場」を提供するため、遺族にグリーフに関する苦悩やご自身の考えを自由に語ってよいことを保証し、ご本人の表現やペースを尊重しながら語りを聞くことを心がけています。遺族が自らの体験を言葉にする過程そのものが、言葉にならない喪失体験を見つめ直し、気持ちを整理する時間につながると考えています。遺族の語りを尊重する中でも、できる限り遺族の抱える気持ちに寄り添い、これからの生き方について一緒に考えることができるよう、故人との関係やこれまでの生活状況などを丁寧にお聞きしていきます。
グリーフケア外来に初めて訪れる遺族の中には、死別の深い悲しみはもちろん、ご自身の身体的・精神的変化や周囲との関係性の変化に戸惑いや不安を抱えている方も多くいます。そのため心理師から、グリーフは誰にでも起こり得る自然な反応であり、ご自身のペースや目指したい方向を大切にしてよいことなど、グリーフに関する心理教育を行い、少しでも安心して悲嘆に取り組むことができるよう支援しています。支援の理論的な背景としては、二重過程モデル6)を大切にしています。大切な人を亡くした後、グリーフに向き合い抱え方を見出していく作業と、日常生活への適応力を養っていく作業の両方がバランスよく行われることが大切だと考え、生活の中で意識していただけるようお伝えしています。
また、死別後は心理的な苦悩のみならず役割の変化や煩雑な手続きなどの二次的なストレスも生じます。グリーフケア外来ではそういった生活状況や現実的な困難についても取り扱っています。今のストレスをどのようにマネジメントしていくか、生活を安定させるためにどうすればいいかなど、状況を整理しながら一緒に検討することもあります。
グリーフケア外来では、遺族がこれまで故人と歩んだ人生を振り返り、これから先の人生を考える中で、それらを連続性のある自分自身の人生として再統合し、喪失を抱えたこれからの生き方を見出すことを目標としています。
なお、同じように悲嘆を抱える方同士の分かち合いの場は、同じ体験を共有し、遺族の孤立感を和らげることのできる貴重な機会です。名古屋市立大学病院でも、グリーフケア外来通院中の方が利用できる支援の一つとしてサポートグループを運営しており、大切な人を亡くした方々が語り合い、共感したり新たな気付きを得たりすることができる場となっています。
おわりに
悲嘆のプロセスは短期間で解決されるものではなく、遺族のペースに応じてゆっくりと進んでいきます。グリーフケアとは「悲しみを早く克服させる」ことではなく、「深い喪失や様々な感情を抱えながら生きていく力を支える」営みです。
当院グリーフケア外来では、自死遺族はもちろん、すべての遺族が自分のペースで悲嘆と向き合い、ご自身なりの悲嘆の抱え方やご自身らしい生き方を見出すことができるよう、それぞれの遺族に合わせた支援を続けていきます。
参考文献
1) 日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会(編):遺族ケアガイドライン2022年版.金原出版.2022.
2) 平山正美:自死遺族を支える.有限会社エム・シー・ミューズ.2009.
3) 川野健治:自死遺族の悲嘆と期待されるコミュニケーションの欠如.ストレス科学,24;24-32,2009.
4) 厚生労働省:自死遺族を支えるために~相談担当者のための指針~自死で遺された人に対する支援とケア.平成20年度厚生労働科学研究費補助金 こころの健康科学研究事業 自殺未遂者および自殺者遺族へのケアに関する研究.2009.
5) J.W.ウォーデン(山本力 監訳):悲嘆カウンセリング 改訂版 グリーフケアの標準ハンドブック.誠信書房.2022.
6) Stroebe MS, Hansson RO, Schut H, et al. eds. Handbook of Bereavement Research and Practice:Advances in Theory and Intervention. American Psychological Association, 2008(森茂起,森年恵訳.死別体験.誠書房,東京,2014)
飲食店や対人サービスなどの仕事の多くは、女性が多く働く職種であることから、コロナ禍では「女性の貧困」が注目を浴びた。生活困窮の現場にいると、中でも母子家庭の貧困が目立った。各世帯構成の中で、貧困率が最も高いのは母子家庭であり、続いて単身女性世帯である。このことは何を指すかというと、過去も現在も非正規雇用に従事するのは女性の方が多いことの結果ではないだろうか。今回打撃を受けた職種は対人を避けられない職種であり、女性が雇用されやすい職種である。もともと貧困率の高い女性の世帯が、ますます、コロナ禍で大打撃を受けたのである。