コロナ禍の社会と「いのちの電話」の今
社会福祉法人 愛知いのちの電話協会
専務理事・事務局長 加藤 明宏
「いのちの電話」の始まりは、今から70年ほど前の1953年、英国・ロンドンでのことでした。イギリス国教会牧師であったチャド・バラーは、一人の少女の自殺が契機となって、自殺予防をその使命とした「サマリタンズ」(良き隣人の意味)を創設しました。その活動は、形や名称は異なりますが、瞬く間に世界中に広がり、1971年10月1日には、日本で最初の「いのちの電話」が東京に開局しました。ドイツ人宣教師ルツ・ヘットカンプは、1960年に所属する教会から日本に派遣されました。売春防止法で失職し、困窮する女性を救うため夜の街を奔走しましたが、傷つき悩みつつも相談に来ようともしない女性たちにとって、電話こそ身近にある相談のツールであることに気づいたのです。こうしてヘットカンプ女史は、多くのボランティアとともに、市民活動としての「いのちの電話」を始めました。「名古屋いのちの電話」はその14年後、1985年7月1日に開局しました。1990年2月社会福祉法人として認可され、1999年5月からは、24時間・365日の体制となって現在に至っています。
「いのちの電話」の特色を大まかに言えば、以下のようになります。
1.24時間・365日 電話相談を受けます。
2.相談員は必ず秘密を守ります。
3.お互いの宗教・思想・信条を尊重します。
4.電話相談は無料です。(通話料はかかります。)
5.匿名性を大切にします。
6.相談員は研修を受け、認定された市民ボランティアです。
7.物品や金銭の求めには応じません。
8.「傾聴」「受容」「共感」を大切にします。
コロナ禍の今、私たちはこれまでと違う新しい「生活」「日常」を生きることが求められています。「名古屋いのちの電話」も、その運営において、大きな変化を求められました。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥さんは、ソーシャルディスタンスを「思いやり距離」と訳し、「身体は離れていても相手を思う気持ちは変わらない。思いやりを持って互いに守り合おう。」と呼びかけました。「楽しさは人と分かち合うと倍になり、苦しみは誰かと分け合うと半分になる。」と同様に「いのちの電話」の基本を言い表す言葉だと思います。「三密を避ける」「不要・不急の外出を控える」がスローガンとして叫ばれる今、悩みや苦しみをひとりで抱え込まず、誰かに打ち明けることができる「いのちの電話」の匿名性・利便性・即時性が、その真価を発揮できる時だと思います。
2020年4月11日から5月14日まで、苦渋の決断の中で1985年の開設後初めて、電話相談活動が休止となりました。しかし1回目の緊急事態宣言が解除されると同時に、環境整備・感染対策をして先ず1名体制で電話相談を再開しました。その後、2名体制へ拡大、2020年11月からは24時間体制も週3日実施できるようになりました。2021年4月からは週4日・24時間になりました。環境整備や感染対策など、目に見えることだけでなく、相談員の気持ちにも寄り添いながら、相談活動が変化できたことは感謝でした。相談員もまた自身の健康や家族、仕事のことなど、悩みも多かったことと思います。しかし、かかり続ける電話を1本でも多くとろうという「寄り添い」の気持ちで、自発的に電話ブースに座る相談員の姿がそこにはありました。2021年2月からは、ほぼ途切れることなく相談ブースは埋まり、受信件数もコロナ禍の前の状態に戻りつつあります。
コロナ禍に伴って相談内容も変化しました。昨年は新型コロナウイルスの脅威や先行きがどうなのかわからず、なんとなくの不安を抱える内容が多かったです。しかし感染が広がるにつれて、「コロナの影響で仕事を失った。」「非正規雇用で、お給料が大幅に減らされた。」「家にいると息が詰まりそうだ。」などの相談も増え、影響がより具体的かつ深刻になったと思われます。最近は「コロナウイルス」という言葉はあまり出ませんが、悩みの背景やこれまでの苦悩に加えてのコロナの影響が感じられます。自殺念慮やそれをほのめかす内容、「消えてしまいたい」などの言葉を聴いた場合など、「自殺傾向率」という数字で表しています。コロナ禍の前、2019年の自殺傾向率は16.5%、2020年は19.2%と増加傾向にあり、2021年は前年を上回ると予想されます。悩みの深刻さ・孤立化の進行が窺えます。
2020年度継続研修(現役相談員のための)は、回数を減らしながらも外部の会場を借りて行うことができました。電話の1回線を移設して、スーパービジョンや養成講座の実習も実施できました。養成講座(新しい相談員の育成のための)は、2020年5月、リモートのみで開講、8月からは会場とリモートの併用、電話相談実習では全員が相談現場で学び、2021年5月8日、認定式で新しい相談員が誕生しました。
2021年度は、継続研修は全て外部会場を借りて予定通り実施できており、またスーパービジョンも予定通り進んでいます。また「コロナ禍」で「いのちの電話」が世の中に報道されることも多くなり、相談員養成講座は例年の3倍近い受講者が与えられました。来年の認定に向けて、オンライン受講・会場受講を組み合わせながら、また1日研修は多数の受講者が、感染対策を徹底して会場に集合して研修を続けています。
「名古屋いのちの電話」が発行している小冊子「もしもし、いのちの電話です」にある「ニーバーの祈り」をご紹介します。
神よ、変えることのできない事柄については、冷静に受け入れる恵みを、
変えるべき事柄については、変える勇気を
そしてそれら2つを見分ける知恵をわれらに与えたまえ。 (梶原 壽 訳)
コロナ禍の中で、変わりゆく社会に対して私たち「いのちの電話」のできることは、無限にあると確信しています。